プランタンのガラスの大ドーム(パリのデパート建築閑談)



Pentax *istD + DA16-45mm

プランタン・モード館の6階のカフェ・フロで見ることができるガラスの大ドーム(coupole)。1923年の作品で歴史的文化財(Monuments historiques)に登録されています。


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実は初めて見に行ったのですが、思いの外、ドームが高くて驚きました。アール・ヌーヴォー調のステンド・グラスで装飾された美しいドームです。1923年というと、パリにやってきたル・コルビュジエが、白い箱形のモダニズム建築、アメデ・オザンファアンの住宅兼アトリエ を建てた年ですが、デパート建築では未だアール・ヌーヴォー装飾が花形だったようです。


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ドームを支える基部を見てもアール・ヌーヴォーの美しい装飾に目を奪われてしまいます。ただし、かつてのプランタンはこんなものではなく、まさにアール・ヌーヴォー装飾の殿堂ともいうべき建築でした。1907年に建築家ルネ・ビネ(René Binet)が建てたプランタン新館は、鋳鉄のアール・ヌーヴォー装飾で彩られた美しい大階段とトップライトを有する吹き抜けの大空間を持っていて、古い写真を見るとその素晴らしくドラマチックな美しさがわかります(プランタンのHP ではその歴史が説明されていて、1907年の項目では小さい写真を見ることができます)。ところが、これほど残念なことはないのですが、1921年に発生した火災のためにこの建築は失われてしまいました。


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一方、こちらはずいぶん前に撮影したものですが、プランタンの隣のギャルリー・ラファイエットの大ドーム。1910-12年に建設されたもので、一般に〈ネオ・ビザンティン風〉と呼ばれていますが、装飾デザインはナンシー派のアール・ヌーヴォー芸術家として知られるルイ・マジョレル(Louis Majorelle)が手がけたものだそうです。ちなみにナンシーにはマジョレルがインテリア装飾を手がけた有名なブラッスリー「エクセルシオール・フロ 」がありますが、プランタンの「カフェ・フロ」はこれに対抗した命名でしょうか?
ところで、この大ドームの下にもかつてはプランタンの大吹き抜け空間にあったのと同様な、ドラマチックな大階段が設置されていました。建築家フェルディナン・シャニュ(Ferdinand Chanut)による1912年の作品。すなわち天井のガラスの大ドームと同じ時期に建設された大階段だったわけですが、これは1974年に取り壊されてしまいました。


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プランタンやギャルリー・ラファイエットの《吹き抜けの大空間》、《ガラスのトップライト》、《大階段》という3点セットが織りなすドラマチックな空間構成の原点は、パリ左岸の老舗デパート「ボン・マルシェ」にあるでしょう。世界最古の《百貨店》として知られるこの建築で、デパート建築の原型も誕生したといえるわけです。建築家はルイ=シャルル・ボワロー(彼の父ルイ=オーギュスト・ボワローの作品はこちら )。さらに技師として、かのエッフェルがこの新しい建築の設計に加わっています。現在のボン・マルシェには、やはり19世紀当時の大階段は残っていません。当時の大階段や吹き抜けの大空間の様子はこちらこちら で見ていただくと良いでしょう。


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19世紀フランスの専門家でいらっしゃる鹿島茂さんは、19世紀のデパートで見られる華美に装飾された大階段と、ガルニエによるオペラ座の大階段のアナロジーについて興味深い考察をされています。

 これに対し、オペラ座は、主として、その階段によって、デパートにモデルを提供している。オペラ座の豪華絢爛たる階段のふもとに立って、上階を見上げるとき、胸のときめきや感動の”前味”を覚えない観客はいない。
 パリのデパート、とりわけボン・マルシェ新館の異常なほどに壮麗な階段は、上の階の「商品のオペラ」に対して、客がこうした条件反射を起こすよう、十分に意図的に据え付けられたものだった。(鹿島茂『パリ・世紀末パノラマ館 〜エッフェル塔からチョコレートまで』中公文庫、2000年、p.92)

Pentax *istD + DA16-45mm

こうして見てくると、パリで唯一、ボン・マルシェ以来の〈19世紀的〉デパートの建築空間を残していたのが、写真のデパート「サマリテーヌ」だったことがわかります。1905〜1910年に建築家フランツ・ジュルダン(Frantz Jourdain)とアンリ・ソヴァージュ(Henri Sauvage)によって建設されたもの(magasin n° 2)。こうした建築では建築家ばかりでなく装飾家(Francis Jourdain、建築家フランツの息子)、画家(ウジェーヌ・グラッセ)、陶芸家(アレクサンドル・ビゴ)といったアーティストたちも重要な役割を果たしているわけですが、そうしたアーティストの一人である金具職人(ferronnier)のエドゥアール・シェンク(Edouard Schenck)は、先に出たラファイエットのドームにも参加しているようです。


Pentax *istD + DA16-45mm

このサマリテーヌが安全上の理由による改装工事のために閉店してしまったのは6月のこと。これに関連して、このページで何か書こうとずっと思っていたのですが、もう7月も終わりになってしまいました。確かに、鉄骨の構造の上に薄い木の板が張ってあるだけ(のように見える)構造にしても、火事が起こった際の炎や煙のまわり方(専門ではないのでよくわかりませんが)を考えても、きっと危険は色々あるのでしょうが、この初期のデパート建築しか持っていなかった空間の質のようなものだけは、なんとか残してもらいたいものだと思います。歴史的文化財(Monuments historiques)に登録されているこの建築が、消えてなくなるということはないのでしょうが、保護対象となっているのは外部立面と外部の装飾のみ。内部空間こそこの建築の醍醐味だと思うのですが、いずれこうした事態が訪れることを見越して内部が保護対象にならなかったのだとしたら、残念としか言いようがありません。

Posted: 金 - 7月 29, 2005 at 06:51 午前          


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