ラン大聖堂、身廊立面詳細。シャフトを支えるリングが各層のコーニスの高さと一致している。

ランスのサン=レミ大修道院、内陣立面。ここでは、シャフトを支えるリングが、トリビューンとトリフォリウムのアーチの起拱点(柱頭)に揃えられている(=タイプ2)。
Viollet-le-Duc, "bague", Dictionnire raisonne de l'architecture francaise du XIe au XVIe siecle, t. II, reimpression, Paris, 1967, p. 60より。

ラン大聖堂における水平性
−初期ゴシックの添柱デザイン−
『日本建築学会計画系論文集』No. 540、2001年2月、pp. 295-300

 日本建築学会、2004年度奨励賞を頂きました。


 本稿は、これまで垂直性ばかりが強調されてきたゴシック様式建築において、その初期のデザインの洗練化のなかで、水平性が一つの重要な要素となっていたことを明らかにしたものである。
 ここでは、サン=ドニの内陣が献堂された1144年から盛期ゴシックの嚆矢とされるシャルトル大聖堂の建設の契機となった旧大聖堂の火災(1194年)までの50年間を初期ゴシック期として、その間に建設された司教座聖堂(大聖堂)およびいくつかの重要な教会堂の、主として内部立面を分類、分析した。
 内部立面の分析に当たり、特に注目したのは主廊(身廊)のリブを受けるシャフトと、立面の各層を分節するコーニスとの取り合いである。初期ゴシックのシャフトはしばしば「アン・デリ」と呼ばれる数個のモノリスからなる細長い石材で構成されており、これを背後の壁体に固定するのにリングが用いられた(左図)。初期ゴシック期の内部立面構成を分類していくと、(1)このリングの位置と背後の壁面構成とのあいだに関係性のないもの、(2)背後のアーケード(トリビューン、トリフォリウムのアーケード)のアーチを受けるシャフトの柱頭の高さとリングの高さを一致させるもの、(3)リングが用いられず、前面のシャフトと背後の壁面に関係性が生じないもの、の3通りに分けられた。これらはいずれの場合も、前面のシャフト(垂直部材)と背後のコーニス(水平部材)の取り合いにおいて垂直部材が勝つことになるため、各ベイごとの垂直性が強調されることになる。ところが初期ゴシック期の大聖堂のうち、ラン大聖堂だけはこれらの分類にあてはまらない。ランでは、リングの高さとコーニスの高さを一致させ、のみならず両者の石材を一体化させることによって、コーニスの水平部材がシャフトによって分断されることなく、連続した水平性を作り出しているのである。
 初期ゴシック期の大聖堂の中で、こうした水平性を作り出しているのはラン大聖堂だけであった。しかし盛期ゴシック建築の代表例とされるシャルトル、ランス、アミアン大聖堂では、いずれもランと同様の水平性を見ることができる。しかし、ここで注意すべきはこれらの盛期ゴシック大聖堂では、アン・デリのシャフトが用いられていない点である。したがって、これらの大聖堂では本来、シャフトを支えるリングは必要ないはずであるが、ラン大聖堂と同様にコーニスの高さにリングを設け、これによってコーニスの水平性を実現している。このことは、これらの盛期ゴシック大聖堂がラン大聖堂で実現された水平性のデザインを受け継いだことを示していると考えられる。アン・デリという構法は初期ゴシックから盛期ゴシックへと受け継がれることはなかったが、ラン大聖堂で生みだされた水平性というゴシック大聖堂のデザイン・システムが盛期ゴシック建築へと伝達されたといえよう。




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